お気に入りの腕時計を「長く大切に使い続けたい」と考えるときに欠かせないのがオーバーホールです。オーバーホールは、人間の定期検診や自動車の車検に例えられるくらい、腕時計にとって重要な作業に当たります。しかし、実際の作業を目にする機会は少ないため、なぜ重要で、どのような作業が行われるのかよく分からない人もいるでしょう。
当記事では、腕時計におけるオーバーホールの必要性と作業工程の概要、メーカー正規店・修理業者それぞれに依頼する場合の費用相場を解説します。
時計のオーバーホールとは?
時計のオーバーホールとは、腕時計を本格的に整備する一連の作業を指す言葉です。腕時計のムーブメントすべてを分解し、部品単位で点検・洗浄・修理・交換・注油・組立・調整の作業を行います。オーバーホールを行うことで、現役で稼働している腕時計の寿命を延ばすだけでなく、長年放置して停止してしまった古い腕時計を再び動かせるケースもあります。
機械式時計はもちろんですが、クォーツ・オートクォーツ時計といった電気で動くタイプの時計でも、内部に歯車などの部品を使用しているならオーバーホールを行いましょう。ただし、電子回路のみで制御されているデジタル式時計にはオーバーホールによる整備は必要ありません。
修理やメンテナンスとの違い
オーバーホールと混同されやすい作業に、「修理」と「メンテナンス」があります。一見大差ないように思われますが、3つは作業内容・性質とともに異なるため、注意が必要です。
【修理とは】
不具合が出ているパーツや性能が落ちている部分をピンポイントで修復・交換し、正常に稼働するようにすることです。例えば腕時計のベルトが切れてしまった場合、ベルト交換しますが部品一つひとつを分解することはありません。
【メンテナンスとは】
腕時計が正常に動作するかチェックし、電池交換や清掃といった簡単な手入れを行います。メンテナンスで不具合や故障の初期症状が発見されれば修理やオーバーホールに発展する可能性はありますが、部品単位での分解は行いません。
修理やメンテナンスと異なり、オーバーホールは腕時計を構成する部品をすべて分解し、徹底的な整備を行います。メンテナンスの上位互換であり、腕時計の状態によっては修理も包括する作業と言ってよいでしょう。
オーバーホールをしないとどうなる?
オーバーホールは、専門的かつ高度な知識と技術が必須であり手間や時間もかかるため、相応の費用が必要です。数年ごとの定期的な整備が理想とされますが、「特に問題なく動いている」「たまにしか使わない」といった腕時計にも必要なのか疑問に思う人もいるでしょう。
腕時計のオーバーホールを行わずにいると、下記のような不具合が発生します。
- 部品に注されている油が劣化したり切れたりする
- 針の動きが悪くなる
- 部品が錆びる・歪む・劣化する
- 摩擦が起こり噛み合わなくなる
- パッキンが劣化し結露や浸水が起こる
- 時計が動かなくなる
特に、油やパッキンは経年により確実に劣化するため、定期的な点検が必須です。錆びや歪みができると複数の不具合が連動して発生してしまい、結果として修理費用が高く付くケースもあります。
何十何百といった部品が所狭しと詰め込まれている腕時計は、外側からパッと見ただけでは内部の状態を把握しきれません。腕時計を故障から守り長く使うためには、メーカーが推奨する頻度でオーバーホールを行うことが大切です。
オーバーホールの工程
ここでは、オーバーホールの作業で実際にどのような工程で何が行われるのかを、9つのステップごとに解説します。
STEP1:分解 |
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まずは腕時計からベルトを取り外し、専用の工具を使って裏蓋を開けます。自動巻機構およびムーブメントをケースから取り出し、部品を完全に分解しつつ、各部品の状態を点検します。
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STEP2:洗浄 |
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分解した部品を再度点検しながら、複数回に分けて劣化した潤滑油や金属部品の摩耗粉などを洗い落とします。専用の薬剤・機器を使用して所定の回数・時間で洗浄することで、新品同然の状態まで戻せます。 ケースやベルトに付着した皮脂汚れなども、超音波洗浄器などで徹底的に取り除きます。汚れがひどい場合は、手作業で細かく洗浄することもあります。 |
STEP3:部品の交換 |
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点検作業において必要と判断された部品を交換します。メーカーの純正品を使うことが基本です。 |
STEP4:注油 |
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洗浄した部品を組み立てながら、各腕時計のモデルごとに適切な量・粘度の油を使用して注油を行います。オーバーホールの中でも特に緻密で繊細な作業です。 |
STEP5:タイミング調整 |
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タイムグラファーを使用し、0.001ミリ秒単位の精度でタイミングの微調整を行います。時計ごとに定められたスペックの範囲に合わせなければなりません。磁気帯び検査を行うのも、この段階です。 |
STEP6:研磨 |
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ケースやベルトなどの外装部品を研磨し、新品同様の輝きを取り戻します。 |
STEP7:防水テスト |
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ケースにムーブメントを収納し、各部品を取り付けたら防水テストです。専用の機器で防水性を測定し、NGの場合は空気圧によるテストで問題を特定します。 |
STEP8:ランニングテスト |
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ランニングテストは、腕時計をどの角度に傾けても誤差が生じないか、ゼンマイの巻き上げに問題がないかなどを、1週間ほどかけて確認するテストです。 |
STEP9:検品 |
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テストが滞りなく終わり、ベルトを取り付けたら、最後の動作確認と磨き上がりの点検を行います。検品に合格できればオーバーホールの完了です。 |
時計によっても異なりますが、上記の工程がすべて終了するまでには通常1か月程度の期間がかかります。
オーバーホールにかかる費用は?
オーバーホールはメーカー正規店で行う方法と、修理業者で行う方法の2つに分かれます。お店によっても値段は異なりますが、基本的にはメーカー正規店のほうが費用が高くなる傾向です。
なお、自分で行うことも不可能ではありませんが、以降の修理や保証といった正規サポートが受けられなくなったり、部品を紛失したりしてしまう恐れがあります。安全性の面からも、できるだけ避けたほうがよいでしょう。
ここでは、オーバーホールにかかる費用の相場を解説します。
メーカー正規店に依頼する場合
メーカー正規店に依頼する場合にオーバーホールにかかる料金は、5~10万円程度が相場です。ただし、あくまでもオーバーホールのみの料金相場であり、劣化部品の修理や交換が必要となれば別途費用がかかります。
下記は、メーカー正規店に依頼する場合のメリットです。
【メーカー正規店に依頼するメリット】
- すべて純正パーツが使われる
- メーカーが認めた専門家による作業のため安心感がある
- 1~2年程度のメーカー保証書が発行される
- 正規店で取り扱われる本物だという証拠となる
なおメーカー正規店の場合、廃盤になったモデルは交換部品がなく対応できないケースがある点に注意が必要です。
修理業者に依頼する場合
修理業者に依頼する場合にオーバーホールにかかる料金は、2~5万円程度が相場です。メーカー正規店に依頼する場合と同じく、劣化部品の修理や交換が必要な場合は別途費用がかかります。
下記は、修理業者に依頼する場合のメリットです。
【修理業者に依頼するメリット】
- 正規店に比べて費用が安く済む
- 人気のブランドであれば対応する店舗が多い
- お店によっては純正パーツが手に入らない場合でも代替品で修理してもらえる(※)
※代替品を使用した場合、正規品としての価値はなくなります。
修理業者の場合、お店によって保証を行っていなかったり作業の腕にバラツキがあったりする点に注意が必要です。トラブルを避けるためにも、修理後のアフターサービス内容が充実しているお店や、修理技能士資格を持った職人が対応するお店を選ぶとよいでしょう。
まとめ
オーバーホールは、腕時計の部品すべてを分解し細部まで点検・修理・調整する作業です。どれほど頑丈に精密に作られた高級時計でも、必ず時計内部の油やパッキンが経年劣化し部品は摩耗します。
使っている環境や頻度によっても異なりますが、腕時計を長く使いたいのであれば各メーカーが推奨する頻度でのオーバーホールがおすすめです。メーカー正規店でのオーバーホールには安心感がある反面、費用が高いというデメリットもあります。費用を抑えたい場合は、修理後の保証内容や対応する職人のレベル、評判などを参考に修理業者を選ぶと安心です。